原点回帰の過程その1- 無に還る

前回の記事で、自らのできることは「原点回帰」という言葉に象徴されていて、それを実現するために「美」を視覚化しているということを書いて、そういった自らの役割のようなものを見つけるために、5年の歳月をかけて自らを「無」の状態に戻して再構築していった、その導入を書き残したのだが、その過程のようなものを今回は書いておきたいと思う。

 

自分が無になるきっかけをくれたのは、ひとりのクリエイターの友人だった。彼がしつこく私に対して伝えてきたことは、「パーソナルワークをやっているか」ということだった。私はその友人の挑戦し続ける姿勢、そして真っ直ぐに物事を見れる才能を認めていた。彼のように自らの考え、着眼点に立脚して創作の姿勢を貫ける人は少ないと思うし、「コマーシャル」すなわちお金のやりとりが発生することが全体のクリエイティブ業界に身を置いていていると、未来の仕事につながるようなパーソナルワークをやっている人がほとんどである。彼は私に対し「あなたにしかできないことを追求しているか」、「お金とか関係なくて、それをやらざるを得ないような表現活動をしているか」ということを繰り返し聞いてきたのだが、その当時はその言葉の本質をつかむことが理解できなかったし、ただ何かやらなくてはならないんだなという感覚だけが身体に刻まれていくだけだった。

 

そういった内容のやりとりを3年以上続けたこともあり、何も表現しない日々を送ることは時間の無駄のように思えてきたので、なぜ私たちは存在しているのか、私たち生命体とはどのような存在なのかを、科学や宗教、哲学など多様な情報をインプットしながら自問自答を繰り返すことを、ただその時できることとして当時はやっていたが、どこか着地点のない環の中に閉じ込められている感じだった。ここから抜け出すきっかけは家族の中に存在した。簡潔に書くと、2人目の子どもが生まれた際、私は当時2歳半の長女と立ち会ったのだが、その子どもの顔を見て「この子には嘘がつけない」と強く感じたのだ。

 

そこからの私は2人目の子どもに対して、嘘をつかない生き方を模索しているだけなのである。その時自分が興味があったこととして、家族4人で海外で暮らすことからやってみようと考えた。まず4ヶ月かけて会社として受注していた仕事を全部終わらせ、事務所と自宅を引き払い、関係各所に海外に出国することを伝え、ほどほどに準備して家族で移住した。そうやって興味があることに突き進むだけの、想いの強さと資産に余裕があったので、行動に移したまでである。それが私にとっての「終わりの始まり」であったと思う。

 

海外に言葉を使い始めるぐらいの年齢の子どもと一緒に暮らすとなると、子どもを遊ばせなくてはいけなくて、現地で様々なプレイグラウンドに行くことになる。海外では室内型のプレイグラウンドが多く、週末の過ごし方としてありがちな大きなショッピングモールなどに行くと、子どもをそこでたくさん遊ばせることになる。例えば日本では見ることないような大きなトランポリンだったり、さまざまな職業体験に必要なおもちゃが置いてあるところだったりするので、必然的に子どもたちは仲良くなったお友達と様々なことを始めていく。私の3歳の子どもはまだ日本語もおぼつかない中で現地の学校に入れてしまったのだが、コミュニケーションができないことや異国の違和感はありつつも遊ぶことの楽しさの誘惑は強かったようで、すぐに行く先々で現地の子どもたちと遊び始めるようになった。西洋系、中華韓国系、インド系など、多様な子どもたちと混じって遊ぶ3歳の子どもを見ていて、「子どもたちの無邪気に遊ぶ姿は万国共通」ということが、強く印象に残ったのである。

 

海外に家族で暮らした当初はトラブル回避の点からも、可能な限り一緒に行動するようにしていたので、私も当時3歳と0歳の子どもたちを遊ばせるために常に行動をともにしながら、3歳と0歳の子どもがどのように遊ぶのか、どのように遊び方やルール、マナーを覚えながら、多国籍の子どもたちと交流していくのかを観察することができた。0才児はただ自分の身体を動かすことに精一杯だし、親の存在を身近に感じたがる。3歳時は時に注意、時に励まされながら、親から与えられた環境の中で、精一杯行動し、交流し、遊ぶ。そんな感じで、自分の子どもとお友達になった子ども、その背後に存在する親御さんと交流することも自ずと増えていく。多国籍な人種が集まる国においては、暗黙のルールとして「その人のバックグラウンドは尊重すべき」という感覚が共有されているので、そういった感覚ありきで他者と距離を縮めてコミュニケーションを取る中で、それこそ日本人の私には体験したことないような子どもへの接し方を間近に見て体験できるのが非常に興味深かったのである。大人同士だけの世界では体験できない世界がそこには存在する。余談になるが、日本人の方には、0歳から3才児までの間に、海外に少なくとも3ヶ月以上暮らすことを私は強くお勧めしたい。絶対に将来に役立つ学びがあるはずだ。

 

私の見ている限り、子どもは無邪気だから、純粋に目の前の遊びに集中できる。遊びだから能動的になれるし、余計な損得抜きにやりたいことを追求する。でも、その裏には色々と指示を出す大人が控えていて、それによって子どもの行動や思考は制限される。真っ白なキャンパスに最初に色をつけるのは親を中心とした環境であり、年齢が大きくなると制約やルール、協調性または周りの目を気にする、自分が得をする行動をするなど、さまざまな色が重なっていく。遊んでいる姿を見ていて、年齢が下になればなるほど、純粋な集中力が発揮されているように私には見えた。

 

翻って私は無邪気に何かに取り組めているか?素直な反応、純粋な行動、他者を気にしない表現、そういった子どもたちの姿勢を見続けていると、その周りにいる大人のほうが何か窮屈な表現をし続けているように私は思えたし、私自身も自分の親から得た最初の影響のみならず、受けた教育、知識や知恵、そして経験から見えるバイアスに縛られているのではないか。およそ1年の間、子どもたちの遊ぶ姿を見ながら、自分の中の澱のように溜まった何かを掃除することを無意識にやっていたのではないか、と私は思う。

 

こうやって私自身が無になっていく体験をしたのだが、その過程の中心には家族があって、幼い子どもたちがいた。おおよそ1年の間そうやって過ごしたし、日本語でなく英語とイメージで考えるような生活になっていたので、日本語で堂々巡りするような哲学的な思考に陥ることもなかった。その間は創作をすることもなく、ただぼんやりと過ごしていく中で次に興味を持ったことが、無邪気に遊ぶ多国籍な子どもたちに共通する「身体」の構造や機能だった。なぜ私たちは生きていられるのか。そこには自分に必要な未来のヒントが詰まっていそうだと直感的に強く思えたし、そのタイミングですぐそれらを学べる環境が身近にあったので、迷わず勉強することにした。次はその事について書いてみたい。

本日のタイトル画像:

Infinite loop geometric pattern No.785
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